2024年8月24日
「若者の洋楽離れ」って言葉をよく聞くようになった。
本来は嘆くべき立場なのかもしれないが、実はいいんじゃないの?と思ったりもしてる。
洋楽離れって視点は我々、40代やそれ以降の年代からの視点であって そもそも若者の文化に元から洋楽が注入されてないんだから離れも何もない。
諸先輩方から自分たちの世代はビートルズ離れと言えるかもしれないし、世代によってそりゃ切り替わるよね。
「音楽フェスがアイドルフェルになりつつある、ああ嘆かわしい」なんてテンションの記事を見かけたりするが、まるでアイドルの音楽が洋楽やバンドものよりも下みたいな書き方だ。
音楽自体を冷静に分析してみて欲しい。すげぇ曲いっぱいあるし、パフォーマンスひとつ見ても鍛え上げられている。
嘆くってのはあくまで自分たちが体感してきたものを中心に据えた価値観でしかない。
これは時代の足枷になる。
本来は収益を得る機会があったアーティストの未来を奪う可能性だってある。
自分たちの価値観が中心にあるのは気持ちいいし確かに安心する。
しかしその価値観を持ち合わせてない人達からすればきっと邪魔だし、言いたかないがその人達を引き込めなかった現実を見て見ぬふりするのもどうかと思う。
ある時期に洋楽が儲からないからって売り方をサボったツケもあるでしょ?それを今更「洋楽の方が価値がある」みたいに暗に言い回しても手遅れだ。
思い返せば洋画自体を聴くこと自体に価値があった。
そしてそれを土台に文化ができていって、それが楽しかった。
春に咲く花と冬に咲く花は違う。冬しか知らない人に桜を見せても春を感じるのは難しいだろう。
「洋楽離れ」って言葉を見るたびに「ははは、君たちは本物の花を知らないようだね。桜って言うんだけどさ」みたいに見えてしまうのだ。
自分たちの世代はメロコアで育った。
歌詞はほぼほぼ英語、早いビートにメロディックな歌、さらにエモやラウドも頭角を現していったって認識だけど、ラウドから始まった世代も当たり前のようにいる。(ラウドが先だって人も当然いるよね)
2ビートなんて今やポップスでも当たり前に使われてる。市民権を勝ち取ったってことだろう。
自分はメロコアが性に合うから、メロコア畑にいる。
しかし本来自分が書く曲は日本詞の曲だったりする。
これは自分の中に埋まってるものだからそれもそれでいい。
そして今は何をやっても誰も気にしない、そんな時代だ。
イメージの締め付けもなければ、レーベルやプロデューサーなんてなくても楽曲のリリースもできる。…(イメージの幻影とはいまだに闘っているけどね)
そして何より、はっきり言って今の時代は自分たちの時代とはスピードが違う。
例えば若い方は誰も俺が歩んできた歴史なんて気にしないだろう。
曲がいいかどうかだけ。勝負しがいがある。セルフプロデュースができれば何歳になっても音楽を続けれる。
良いところも沢山あるのだ。楽じゃないけどね。
洋楽から離れて欲しくないのであれば、洋楽の素晴らしい売り方をしてみてはどうだろう。
あの時代のように。
余談だが
洋楽離れで思い出したんだが、先日からスクワットを始めまして
筋肉痛がすごい!と思ってたんだけどずっと痛いのよね…
洋楽離れの前にこれ肉離れなんじゃないだろうか…
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