2024年8月10日
キレイなもの、完成されたもの、いわゆる美しいものって実は世の中に沢山ある。
いや、あり過ぎてそうでなければいけないような気がしてくるくらいだ。
加工写真なんかもそうかもしれない。
より良いと思える自分でいたいと思うのは良いことだが、何事も付き合い方を間違えると呪いになってしまう。
最近の音楽も同じく、加工されたものばかりだ。
言ってしまえばピッチを外してるボーカルはまず市場に出てこないし、ギターのニュアンスもドラムのベロシティも全部修正できてしまう。
ダイナミクスも調整できるもんだから、「さぁこの曲はここで感動してくださいね!」みたいなのも作れてしまう。
演奏による凄みよりも、商品としての完成を優先してる時代とでも言えようか。
自分みたいにインディーズシーンで生きてきた人間からすると、なんだか全てが予測できる気がしてくる。
あの頃、自分が何者かもわからない連中がよくわからないまま音源を作っていた時代
本当に下手な演奏、ひどい歌が商品として市場に出ていた。
でも全て「今思えば」の話である。
当時は何も疑ってなかった。自分たちが一番だとみんなが思っていた。
再生数これくらいいけばいいな…とか、これをSNSにアップして…とかそんな細かい頭は持っていない。
いいもん喰って!家建てて!モテる!よくわかんねぇけど!ところで俺のギターかっこよくね?
そんな感じだった。
稚拙な表現の歌、他の楽器の事なんか知らねぇ歪んだギター、バスドラを聴いてないベース、クリックよりもはるかに速いドラム
ライブハウスではモニターの意味もよくわからないまま飛んでくる人を蹴りながら演奏をする…
メチャクチャである。非合理的である。意味不明である。
しかし
その頃の音源やライブ映像だけが持っている輝かしい記録はなんだろう?
バカのパワーはすごい。世の中を変えてしまう程すごい。
パンクシーンがメジャーに食われるまでの少しの期間、日本のパンクシーンは世界一だった。
今はまぁ教科書通りと言うか、常識的だ。
現行の音源は商品としては優れている。誰が手に取ってもハズレにならないようにできている。
全部ハズレなし、当たりの音楽…
そんなもの誰が情熱を持って聴いてくれるだろうか?
恥と呼ばれるものは誰のためにあるのだろうか?本当の恥と体裁の恥を見分ける勇気は必要だ。
魂を削り出すのに恥は必要だ。恥の本当の意味がわからない連中は放っておけばいい。
恥やハズレを避けるのではなく、恥やハズレから学んで自分だけの正解を作り上げるのだ。
今自分のソロ曲の録り直しをずっとしてる。聴き返してみれば音も良くないし歌もツッコミどころ満載だ。(ギターは相変わらず素敵だ)
まるで匠がリフォームするような気持ちで挑んでいるんだけど…
なんかよくわからないけど、どうしても勝てない部分がある。
ソロ曲の音源を作った頃はコロナの始まりくらい、言ってしまえば何もかも追い詰められ始めた頃で
動かないと死んじまうぜ!って時期だった。
おかげで俺は元気に生きてるわけだが、そんな時期の音源に勝てない部分が出てきてもやむなし、バカのパワーは本当にすごい。
そして俺は色んなことを学んでしまった。そうしないと自分の完成や理想に届かないから。
よくわかんねぇけど売っちまおう!ってのもできなくなった。きっと何かしら傷ついたこともあったんだろう。
しかし諸刃の剣を振るわないと先には進めない。日々これでいいのか?と不安を抱いている。
未来の自分が見たら「お、いい感じの恥をゲットしてるね!」の瞬間なのかもしれない。
もし自分の過去において、間違って恥だと思い込んでるものがあったら今一度向き合ってみて欲しい。
それは恥ではなく、その時の自分の凸凹の魂だったのかもしれない。
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バンドマン / ギタリスト シンガーソングライター / アレンジャー / WEBデザイナー / プロデューサー
SKY MUSIC 代表取締役
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