2024年10月7日
過ぎた年月、年齢だけでなく得てきた経験も過去と言えるだろう。
過去は概ね、足を引っ張ることが多い。
それがつらい思い出であったら新しい歩みを止めることになるかもしれないし
それが成功体験だったら失敗してはいけないなんて気持ちを生み出すかもしれないし
場合によっては余計な欲を生み出すかもしれない。
例えば世界に自分ひとりであれば過去は消せるかもしれない。
実際忘れてしまっていることも多くあるだろう。世界に自分ひとりなら忘れてしまった時点で無に等しい。
しかし、望まなくとも誰しも世界にひとりではいられない。人生を誰とも関わらず進めるのは不可能だ。
誰かの記憶の中にあれば、それは消せない過去になるかもしれない。
もちろん記憶の中で美化されたり、湾曲したり、事実とは異なる場合も多々あるが。
過去を消せないとなるとどうすればいいのだろうか?
ずっとその曖昧な形の過去と付き合っていかなければいけないのだろうか?
答えはNOだ。
自分の中で切り離してしまえばいいのだ。
「ああ、俺にもそんな時期があったな。今の俺は最高だけどな!」くらいで生きればいいのだ。
実際、俺にだって思い出すだけで胸が苦しくなったする経験も、誰かタイムマシンを作ってくれねぇかなと思う失敗は山ほどある。
そして自分の汚さや情けなさは他の誰よりも知っている。
でも、それだけに付き合って生きていたらライブなんて恐ろしくてできない。
しかし、俺はライブがしたいのだ。
だから過去を切り離すことにした。
何をするにしてもビビっていた幼少期を
誰かの成功の後じゃないと動けなかった10代を
トップを狙うことを自分とは関係ないふりをしてた20代を
答えを求めることを諦めかけていた30代を
切り離すことにした。
切り離すとは認める事だ。
「よくがんばったね」と完結させてあげることだ。
実際、がんばってたと思う。その時の自分は。
そしてその時の自分に対して、今の自分の経験をプラスして答えを出そうってのがそもそも間違っている。
失敗もあったけど、その時はベストを尽くしていた、以上だ。
切り離さないと前に進めない、なんて話ではない。
何をやってても勝手に前に進んでしまうのだ。
であれば、自由な自分の方がいろんな場所に行ける気がする。
過去を消すのではなく「そこで見ておけ」くらいに切り離し置いていくのだ。
今の自分が好きでいれれば、過去の自分や失敗も愛せる気がしてくる。
無数の人の中にある自分。それは良くも悪くも塗り替えることができるし、もっと言えば勝手に塗り替えられてしまう。
であれば、塗り替えるべき今の自分の姿が好きであれば、その人の中の自分も自分の好きな姿に変わってゆく。
それくらいのものとして考えればいいのだ。
そして未来。
これは誰も知らない。
厳密に言うと全てを言い当てた人に会ったことなんてない。
実際、コロナ禍すら予測できてた人すらいない。
決まっていたとしても、決まっていることが証明できないんだから、決まっていないとも言えてしまう。
で、あれば
やりたいことをやって、自分の心がどこに向かってるのか正直に感じた方がいい。
空は晴天だ。
でも突然大雨に降られるかもしれない。
それは今日かもしれないし、明日かもしれないし、もしかすると永遠に降らないかもしれない。
常に傘を持ち歩くのは疲れるよね。傘は便利だけど不自由だ。
たまには雨に降られてもいいじゃないか。
「あ、今日は天気いいな。傘は家に置いていこう」くらいで過去を置いていくのもいいと思う。
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